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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11142号 判決

原告

日本信販株式会社

右代表者代表取締役

山田洋二

右訴訟代理人弁護士

山下俊六

柘賢二

柘万利子

被告

日本カントリーサービス株式会社

右代表者代表取締役

島尾弘道

右訴訟代理人弁護士

大林清春

池田達郎

白河浩

主文

一  被告は、原告に対し、金六五七八万八二一〇円及びこれに対する平成三年八月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文と同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、割賦購入の斡旋、融資及び融資保証等を業とする会社であり、被告は、ゴルフ会員権の売買等を業とする会社である。

2  原告は、被告との間で、昭和六三年八月一日、被告の販売するゴルフ会員権(以下「会員権」という。)の購入資金の借入れを希望する顧客が、原告又は原告と提携する金融機関からその資金の融資を受ける「ゴルフ会員権購入ローン制度」に関し、次の約定の提携契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 被告は、原告に対し、顧客に代わって右融資金の支払を請求するに際し、顧客の届印による譲渡裏書をした会員権証書、名義書換承認申請書、会員脱退届、念書及び印鑑証明書等、原告において第三者に右会員権を売却処分することが可能な書類一式を提出する。

ただし、会員権証書不備の場合は、ゴルフ場会社発行の会員権証書預り証に代えるものとするが、被告は融資金受領後、すみやかに原告宛提出するものとする。(四条二項)

(二) 被告の責任に帰すべき事由により原告が損害を被った場合には、原告は被告に対し、その損害の賠償を請求することができる。(一三条二項)

3(一)  被告は、湯浅勝哉(以下「湯浅」という。)に対し、平成二年一二月七日、藤ケ谷カントリー倶楽部の会員権(以下「本件会員権」という。)を代金七〇〇〇万円で売却した。

(二)  その際、被告は、湯浅が頭金一〇〇〇万円を除く残金六〇〇〇万円について会員権購入ローン(以下「本件ローン」という。)の利用を希望したため、原告に対し、本件契約に基づき、湯浅の右ローン申込みを取り次いだ。

(三)(1)  そこで、原告は、湯浅の信用調査等を実施した結果、本件ローンの申込みに応ずることとし、湯浅は、平成二年一二月二七日付けで原告の提携金融機関である朝日生命保険相互会社(以下「朝日生命」という。)との間で、次の約定で六〇〇〇万円の消費貸借契約を締結し、右金員を貸し付けた。

ア 朝日生命は、右貸付金を原告に交付する。

イ 湯浅は、朝日生命に対し、平成三年一月二七日限り五五万〇三九三円、同年二月から毎月二七日限り五五万〇三三三円ずつ一七九回に分割して、右元金及び利息三九〇六万円を弁済する。

ウ 湯浅が分割金の支払を一回でも遅滞したときは、期限の利益を失う。

エ 期限後の損害金を年14.6パーセントとする。

(2) また、原告は、湯浅との間で、前同日付けで、次の約定の保証委託契約を締結した。

ア 湯浅は、原告に対し、朝日生命から右消費貸借契約に基づく六〇〇〇万円を代理受領し、これを被告に支払うことを委託する。

イ 湯浅は、原告に対し、保証委託手数料五九四万円を平成三年一月から毎月二七日限り三万三〇〇〇円ずつ一八〇回に分割して支払う。

ウ 湯浅が朝日生命に対する前記債務の支払を一回でも遅滞したときは、原告は、湯浅に対し、保証債務の履行前であっても、直ちに求償権を行使することができる。

エ 湯浅が保証委託手数料の支払を一回でも遅滞したときは、期限の利益を失う。

オ 期限後の遅延損害金を年29.2パーセントとする。

(3) 原告は、朝日生命に対し、前同日、右保証委託契約に基づき、湯浅の朝日生命に対する前記消費貸借契約上の債務を連帯保証した。

4  原告は、朝日生命から湯浅に代わって受領した借入金六〇〇〇万円を、被告に支払った。

しかし、被告は、原告に対し、前記2(一)記載の書類一式を提出しなかった。

5(一)(1) 湯浅は、平成三年一月分の分割金五五万〇三九三円(元金一一万八七九〇円、利息金四三万一六〇三円)の支払をしたのみで同年二月分以降の分割金の支払をしなかった。

(2) したがって、湯浅は、同年二月二七日の経過をもって朝日生命に対する借入金の分割返済の期限の利益を喪失し、原告は、湯浅に対し、借入金残元金五九八八万一二一〇円相当の事前求償権を取得した。

(二) また、湯浅は、原告に対する保証委託手数料のうち平成三年一月分の支払をしたのみで同年二月分以降の支払をしないので、同月二七日の経過をもって原告に対する保証委託手数料の分割返済の期限の利益を喪失した。

6(一)  ところが、湯浅は、既に本件会員権を他に処分しており、しかも、それ以外には全く資産を有していない。

(二)  その結果、原告は、事前求償権五九八八万一二一〇円と保証委託手数料残額五九〇万七〇〇〇円の合計六五七八万八二一〇円の全額が回収不能となり右同額の損害を被った。

7  ところで、

(一)(1) 本件契約の前記約定は、顧客が原告との間の約定に反して原告に担保物件である会員権証書を提出しなかったことによって原告が被った損害は、会員権取引業者(以下「会員権業者」という。)である被告がこれを賠償する義務のあることを明確にした規定であり、「顧客がローン業者に対して会員権証書を提出しなかった場合には、そのことによりローン業者が被るべき損害を会員権業者が補償する。」旨の取引慣行が存する。

なお、顧客が何らかの理由で原告に会員権証書を提出しない場合に、被告が原告に対しこれを回収する義務を負うものとすることは、顧客が原告に対し、直接名義書換後の会員権証書提出義務を負うことと矛盾するものではない。

(2) 右のように、顧客に対する融資金の回収不能による最終的な危険を与信業者である原告ではなく、会員権業者である被告が負うべきことについては、①当該顧客は会員権業者が与信業者に紹介したものであり、②会員権業者は、与信業者が顧客に融資することにより高額な会員権を販売することが可能となり、これにより多額の売却利益あるいは手数料収入を得ることができ、③会員権業者は、与信業者以上に会員権取引に精通しており、会員権の名義書換手続の実務にも詳しく、顧客の不正等を未然に防止することが可能な立場にあること、等の実質的な理由が存する。

(二) 仮に、右主張が認められないとしても、

被告は、湯浅に代わって藤ケ谷カントリークラブに対し、本件会員権の名義書換手続をなすべき義務を負っていたにもかかわらず、右義務に反し、原告の同意を得ることなく、右名義書換手続に関する書類を湯浅に交付しため、湯浅が右書類一式を直ちに第三者に持ち込んで本件会員権を第三者に売却したため、原告は本件会員権を譲渡担保として取得することが不可能となった。

(三) 仮に、右(一)、(二)の主張が認められないとしても、

(1) 被告は、平成二年一二月二二日及び二三日の二回にわたり、「広野」あるいは「丸ビル短資」と称する貸金業者から、「湯浅に会員権を売ったのか」という問い合わせを受けた。

(2) そのような場合、被告は、直ちにその旨を提携与信業者である原告に報告すべき信義則上の義務があった。それなのに、被告は、原告に、右事実を報告しなかった(原告において被告から右事実の報告を受けたのは、平成三年四月一〇日になってからである。)。

(3) そして、被告は、平成三年一月一〇日、湯浅の求めに応じて同人に本件会員権等名義書換に要する書類一式を交付してしまった。

(4) そのため、原告は、湯浅に対し、前記債権の担保として本件会員権を確保するための法律上もしくは事実上の手段を講ずる機会を逸してしまった。

8  よって、原告は、被告に対し、本件契約あるいは信義則に基づく債務の不履行による損害賠償請求として、六五七八万八二一〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成三年八月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。ただし、2(一)の約定は、後記抗弁記載のとおり実行不可能な約定であるから無効である。

2  請求原因3について

(一) (一)のうち、売却の日は否認するが、その余及び(二)は認める。売却したのは平成二年一二月二八日である。

(二) (三)のうち、原告が湯浅の信用調査をした上、本件ローンの申込みに応ずることとしたこと、朝日生命が湯浅に平成二年一二月一一日六〇〇〇万円を貸し付けた(すなわち、原告は、右同日に、被告の口座に右融資金を振り込んだ。)ことは認めるが、その余は知らない。

3  同4は認める。

4  同5のうち、(一)(1)は認めるが、その余は知らない。

5  同6のうち、湯浅が本件会員権を他に処分した(平成三年一月二三日付けで、前所有者和久田某から前記広野某に名義書換されている。)ことは認め、その余は知らない。

6  同7について

(一) (一)(1)は否認し、(2)の主張は争う。

(二) (二)のうち、名義書換手続に要する書類を湯浅に交付したことは認めるが、その余は否認する。

(三) (三)(1)のうち、ヒロノ(マルビル短資)と称する人物から、被告宛に原告主張の問い合わせのあったことは認める。それは、平成二年一二月二八日及び翌二九日のことである。(2)のうち、報告しなかったことは否認する。被告は、原告に対し、平成二年一二月二九日或いは平成三年一月始めころ、右事実を連絡した。(3)のうち、交付の年月日を除き認める。湯浅に関係書類を交付したのは、平成二年一二月二八日であって、右問い合わせの前である。

三  抗弁(会員権証書提出約定の変更)

1  被告が原告に対し会員権を提出する義務を負うという約定は、次のとおり取引の実体と合致していないため、顧客が直接原告にこれを差し入れる方式に変更された。すなわち、

2  会員権の名義書換手続

(一) 会員権を購入した顧客は、会員権証書その他名義書換手続に必要な書類一式を当該ゴルフクラブに提出して、名義書換を申請する。

(二) 当該ゴルフクラブは、会員権譲渡を承認した後、名義書換手続の完了した会員権証書を顧客本人に直送する。右手続には、通常一、二か月を要する。

3  ところが、被告が本件契約の四条二項の約定(前記一、2(一))に基づき、顧客に代わって融資金の支払を請求する際には、顧客はまだその希望する会員権を取得していないのであるから、その時点において、顧客が取得した当該会員権証書を被告が顧客から交付を受けて原告に提出するということは実行不可能である。まして、前記のように顧客への名義書換手続は、右時点では完了しているはずがない。

4  会員権証書提出の実務

(一) 原告は、顧客との間で、顧客が原告からの融資金によって希望する会員権を購入し、名義書換手続を完了後に会員権証書を右借入金の担保として原告に差入れる旨を約定している。

(二) 具体的には、原告は、あらかじめ顧客に返送用の封筒を交付しておき、当該ゴルフクラブに電話して名義書換手続の完了を確認した上、顧客に返送用封筒で名義書換手続完了後の会員権証書を送付するように催促するという、原告と顧客との間で直接担保の差入れを行う方式を採っている。

(三) 平成二年一二月一日から平成三年八月三〇日までの間における、本件契約に基づく、原告と被告間の取引は一一九件であり、そのすべてにつき原告と顧客との間で直接に会員権証書の差し入れがされており、被告が関与した事例は存在しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

2  同2は認める。ただし、会員権業者が顧客に代わってゴルフクラブに会員権証書その他名義書換に必要な書類を提出することも一般に行われており、あるいは、ゴルフクラブによっては顧客名義に書き換えられた会員権証書を直接顧客に交付することなく、顧客の代理人としての会員権業者に交付する例もある。

3  同3は認める。なお、当該会員権証書の提出が実行不可能なのは、被告が原告に対し融資金の代理受領を請求する時点においてであって、その後の提出は可能である。

4  同4は認める。もっとも、被告が顧客から会員権証書を回収し、原告に提出した例も皆無ではない。

なお、(三)の事実を認める旨の陳述は、真実に反し、かつ錯誤に基づくものであるから、これを取り消す。本件契約に基づき被告から会員権を購入した顧客の約九割が、被告に名義書換手続を代行させている。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  請求原因1(当事者)、2(本件契約の締結)は、当事者間に争いがない。

2  そうして、本件契約四条二項の定めによれば、被告が、原告に対し、本件会員権証書を提出する義務を負っていることは、その文言上明白である。

ところが、被告はこれを争うので、この点につき検討する。

(一)  まず、被告は、本件契約四条二項の定めは、実行不可能であるから無効であると主張する。

(1) 確かに、証拠(〈書証番号略〉)及び弁論の全趣旨によれば、本件契約に基づき現実に行われている取引の流れは、おおよそ、①原告は、被告が紹介してきた顧客につき信用調査をして、融資の可否を検討し、②原告において融資可と判断した場合には、その旨を被告に連絡し、③その後、顧客から融資金の代理受領権限の付与を受けた被告に右融資金を交付し、④そのころ、被告は、顧客との間で、正式な会員権の売買契約を締結し、⑤次いで、顧客自らないし被告が代行して、当該ゴルフクラブに対し、顧客への当該会員権の名義書換が申請され、⑥右名義書換の完了した会員権証書が、原告の顧客に対する融資金債権に対する譲渡担保として差し入れられる、というものであることが認められる。したがって、これを前提とする限りでは、被告が原告から融資金の交付を受けるのと同時に(引換えに)、右名義書換手続の完了した会員権証書等の原告が譲渡担保権を実行するのに必要な一件書類を、原告に提出することは不可能であるといわざるを得ない。

(2) しかしながら、右のように融資金の受領と引換えに会員権証書を提出することが絶対的に不可能なのではなく、あくまで、右のような取引の流れを前提とするからにすぎず、右③を⑥と同時に履行することにすれば前記約定どおりの履行は十分可能である(右の現実の取引の流れは、会員権の売主である被告にとって、早期にかつ確実な代金回収を可能にするものであって、むしろ約定より被告に有利な取扱いがなされているものと評価すべきであるところ、これをもって、本件約定の無効理由とすることは具体的妥当性に欠けるというべきである。)。

また、証拠(〈書証番号略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件ローンのような会員権ローン取引(会員権売買代金立替払契約)においては、通常、ローンを利用する顧客名義に書き換えられた会員権証書がローン業者に譲渡担保として差し入れられる以前に、融資が実行されて右金員が会員権業者に交付されることになるから、ローン業者としては、担保としての右会員権証書をいかに確実に確保するかが最重要関心事であって、必ずしも、融資金の交付と同時に会員権証書が提出されること自体に意味があるものではないこと、ひいては、ローン業者としては、会員権を譲渡担保として確保し得なかったことによって生じる損害を会員権業者が負担賠償してさえくれれば、十分自己の利益を確保することができるのであって、敢えて会員権証書の同時提出にこだわるいわれは全く存しないこと(現に、被告と朝日実業株式会社との間の本件契約と同種の取引においては、担保会員権が差し入れられるまでの間、被告が顧客と連帯してローン債務の弁済の責めを負うとの約定が存する。)が認められるから、本件約定についても、融資金交付後可及的速やかにこれを提出する義務を負担した約定と解することが可能である(他のローン業者と会員権業者との契約においても、本契約の文言と同様の、会員権業者が融資実行の前後を問わず名義書換後の会員権証書をローン業者に提出する義務を負うことが定められており、さらに、会員権業者が右の義務に違反した場合には、会員権業者が立替金の返還、損害賠償あるいは保証債務の履行という形でローン業者の損害を填補すべきことが明示されている。このように会員権業者が損害を負担することについては、原告主張のとおりの合理性、実質的な根拠があるというべきであり、会員権の取引に際し、名義書換手続は会員権業者が代行するのが通常であり―当裁判所に顕著である。なお「ゴルフの法律相談」六二頁参照―、これによって、会員権業者は比較的容易に顧客が無断で、かつローン業者ないしは会員権業者を害するような譲渡をすることを防ぎ、これに対し防御手段を講じることができるからである。)。

(3) そうすると、本件約定は、少なくとも、被告が原告に対し、顧客への名義書換手続を完了した会員権証書を速やかに提出する義務を負うことを定めたもの(最終的には、会員権証書の提出がされず、これによって、原告が譲渡担保権を取得できなかったことによる損害を被告が負担するとの趣旨の約定)と解するのが相当であって、法律上はもちろん事実上も十分その内容の実現が可能であるというべきであるから、被告の主張は採用できない。

(二)  次に、被告は、本件約定が変更されたと主張する(抗弁)。

(1) 抗弁2、3、4(一)、(二)は、当事者間に争いがない。

(2) しかし、右事実によっては、被告主張の抗弁事実を推認するには足りず(なお、4(三)の事実は間接事実にすぎないから、原告は、右に関する自白を自由に取り消すことができるというべきであり、しかも、〈書証番号略〉、証人土屋の証言によれば、被告が、原告との本件契約に基づく取引に関し、少なくとも半数くらいは、顧客への名義書換手続を代行していたことが認められるから、右(三)の事実を認めた原告の陳述は真実に反することが明らかである。もっとも、仮に、右(三)の事実を前提としてみても、以上の事実から被告主張事実を推認するには足りない。)、他には被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

なぜならば、①本件契約が締結された当初から、被告主張どおりの形態で取引がされてきたものであって、途中において変更されたものではなく、②その間に、原・被告間の本件契約の前提とされた事実関係に変更が生じたことは窺われず、③ローン契約は、原告と被告の紹介した顧客との間に締結され、融資金の担保として、通常の立替払契約と同様に、被告と顧客間の売買契約の目的物件の所有権を原告に移転するのは、ごく自然の流れであり、④右約定の結果、顧客が原告に対し、直接、会員権証書を差し入れる義務を負うこととなるが、これと、被告が原告に対し同様の義務を負担することは、両者がともに債権契約である以上なんら矛盾するものではなく、⑤原告が直接顧客に会員権証書の提出を求め、催告するのも、その債権確保の手段として当然のことであって、被告に対し、被告の右義務を免除することを明示した等のことがない限り、そのことから直ちに被告の債務に変更を来したものと評価することはできない(被告の会員権証書提出義務の履行は、必ず被告において一旦右証書を入手して、これを原告に提出せねばならないものではなく、どのような経過にしろ原告のもとに提出されれば足りるというべきである。)からである。

(3) したがって、被告の抗弁も採用に由ない。

3(一)  被告が湯浅に、平成二年一二月に、本件会員権を七〇〇〇万円で売却したこと、右代金中六〇〇〇万円につき、被告が原告に本件ローンの申込みを取り次いだこと、原告が被告に対し、右六〇〇〇万円の融資金を平成二年一二月一一日に交付することによって、朝日生命が右金員を湯浅に貸し付けたこと、被告が原告に対し、湯浅が本件ローンの分割金のうち平成三年一月分を支払ったのみで、その余の支払をしないこと及び湯浅が、平成三年一月二三日付けで本件会員権を他に処分し、名義書換を了したことは、当事者間に争いがない。

(二)  証拠(〈書証番号略〉、証人橋本俊隆)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因3(三)(右争いのない事実を除く。)、同5(二)及び6(右争いのない事実を除く。)の各事実を認めることができる。

(三)  被告が、本件契約に基づき、本件会員権証書を原告に提出したことについては何らの主張立証がなく、かえって、被告が右証書を提出していないことは当事者間に争いがない。

4(一)  なお、被告の右債務不履行と因果関係のある損害は、原告が本件会員権を譲渡担保として取得できなかったことによって生じたものに限られるから、本件会員権の交換価額であるというべきところ、原告が最終的に本件会員権の譲渡担保権を喪失したのは、前示のとおり湯浅が他に本件会員権を処分し、その名義書換手続を完了した平成三年一月二三日であり、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、その当時の本件会員権の価格は、少なくとも六九〇〇万円を下らなかったものと認められ、これに反する証拠は全くない。

(二)  また、本件会員権証書の回収ができなかったこと、ないしは、湯浅が本件会員権を無断で第三者に譲渡してしまい、原告が本件会員権の譲渡担保権を喪失した責任が被告にないこと(原告の手抜かりによること)を認めるに足りる的確な証拠はない。

すなわち、被告は、原告に対し、本件会員権処分の危険性を平成二年一二月二九日及び平成三年一月始めころ、告知・警告したと主張し、〈書証番号略〉及び証人土屋晋の供述中には、これに副う部分があるものの、〈書証番号略〉、右供述及び証人橋本俊隆の証言によって認められる、①湯浅の分割金の不払、同人の所在不明が判明した後の平成三年四月一〇日に、被告の営業課長であった土屋晋が、原告の日本橋支店営業課長橋本俊隆に対し、被告は湯浅と平成二年一二月二二日に本件会員権を取引し、平成三年一月一〇日に湯浅に名義書換手続書類一式を交付した、平成二年一二月二二日及び二三日に株式会社マルビル短資ないしは広野克己から、本件会員権を湯浅に売却したかどうかとの照会の電話があったと話している事実、②土屋は、平成三年五月ころ、被告を退職するに当たり、〈書証番号略〉のメモを作成したというのであるから、当然その際、橋本へ伝えた内容が右記載と齟齬のあることに気が付いたはずであるのに、原告側へは何ら訂正等の連絡がされていないこと、③右乙号証の記載自体も、平成二年七月ころから平成三年四月五日まで、月日の順に記載されているのに、右照会の件及び原告側への伝言・警告についての記載は、それがなされたという月日の欄には何ら記載されず、特記事項として末尾にまとめられており、やや不自然な感を拭いきれないこと等に照らすと、直ちに前掲各証拠を採用することは困難であるといわざるをえない。

したがってまた、原告の本件損害賠償請求につき、過失相殺をすべき理由も見い出し難い。

二以上によれば、原告の本訴請求は理由がある(本件訴状が平成三年八月二〇日被告に送達されたことは、記録上明らかである。)からこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官赤塚信雄)

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